お菓子屋っぽくない「おかしなちあき」 こと  藤井千晶のざっくり自己紹介 2018.5

一昔前のように、職業が一つなんて、もはやつまらないと思ってる おかしなちあき  こと

北海道倶知安(くっちゃん)お菓子のふじい 代表 藤井千晶 です

一体お前何者だよ?っと思ってる方へ

4月に北海道新聞で「化学物質過敏症の人を求人します!」って記事が出てから
突然出会う人、付き合う人が、びっくりするくらい変わって
しかも、今までFacebookや Twitter経由でのブログアクセスが多かったのに
一気にサーチで流れ込んで来てる状態

あ、これ、改めて自己紹介とかしたほうがいいんじゃないかと思って
自己紹介記事を書くことにした。

お店の車「きいろちゃん」っと

1981年2月生まれ 水瓶座 大雑把なA型
実家である倶知安駅前にある「お菓子のふじい」の娘
倶知安生まれ、高校まで倶知安育ち、お爺ちゃんっこ

小学校までお菓子屋の特権生かして、見事に肥満児
小学高学年になるまで男子の友達ばかり、
ミニ四駆・プラモデル・ラジコン・ゲームに明け暮れる

中・高とバスケット&スキーをして通常体型+αほどに
高校卒業とともに「お菓子屋の娘」っという名を捨てたくなる「思春期」的な感じで
札幌でスポーツトレーナーの専門学校入るも半年で中退(今思えば親にマジで申し訳ない!)

そのときに、アルバイトしてた寿司屋で
接客業が楽しいと気がつき、お菓子やさんであることを良いかもしれないっと
思い始める

その翌春に東京のお菓子の専門学校入学し、祖父の影響で和菓子科に進む
東京のお菓子の専門学校に通いながら夏は神保町にあるスキーショップでバイトし
冬になると、長野や新潟のスキー場でインストラクターのバイトをしつつ
基礎スキーの大会に出る

やっぱスキーしたいっと思い
大手なら休みもあるしっと安易な考えで
北海道の大手お菓子メーカーに就職希望するも
求人が東京に来てなくて、電話で問い合わせたり、メールで問い合わせたり
自力で就職先を見つけ、和菓子・洋菓子がある菓子メーカーに就職

そこで今の夫のタカヨシに出会い4年後に
3代目として、夫タカヨシっとともに実家に帰る

大体これがザックリとした流れ

元々ちょっと破天荒気味

自分で言うのもなんだけど、多分ちょっとおかしな子だったと思う

集団行動苦手、イラスト得意、勉強ダメ、ずっとゲームしてる、対人好き嫌いはっきりしてる

*小学校、授業全然聞かない、男子しか友達いない、しかも男子に攻撃とかよくしてた
*中学校、授業中ずっと絵を書いてた
*高校、まだ、ネットが一般的じゃないときにMacを買って、
ネットやパソコン設定自力でこなす
*専門学校行くも、中退し
*さらに違う専門学校行くも、スキーの大会を優先し期末テスト放棄し追試
*就職決まった場所が、たまたま車が必要な場所で、
専門学校卒業して北海道に引越ししてペーパードライバーで車のるも
いきなり働く前に長野新潟に車で旅に出る。
*会社で上司に直接文句を言ったり(今思うとめんどくさい部下)
*実家に帰ると決めたら、もっとお菓子の勉強しなくっちゃって
会社で仕事終わった後に、無給でお菓子屋さんの修行をさせてもらう
*実家に帰る直前は会社やめて、1〜2ヶ月単位でいろんな店を修行し実家に帰る

実家に帰り結婚

26歳で結婚その時、タカヨシは41歳 15歳年上
付き合った当初から、和菓子職人なのはわかっていたし
とてもこだわりがあり、細かい・・・でも、対人や数字が苦手
同じことやってもダメだと思って、
経営の勉強や、ブランディングの勉強し始める
いい職人さんがいるなら、それを活かせれる立場になればいい

っで結果、販促物つくり、POP、ディスプレーなどのブランディングが認められて

数年前の写真!タカヨシ若い!!

雑誌の表紙にしてもらったこともある

それからは、経営とかの勉強をし始めて
結構細かいことやってる

数字は嫌いだけど
向き合ってる図

っでそんなこんなで
約10年の間に家族でだけの経営から
スタッフ6名抱えるお店に成長した

そして、転機は4年前から発症、昨年から悪化した化学物質過敏症

タカヨシの化学物質過敏症

全部ひっくり返す

少なくとも、10年近くお店をやって来て
自分なりに、勉強もしたし、努力もしたし、お客様にも支持していただいたと思ってる
でも、この過敏症発症で
今までの仕事の仕方、あり方、スタッフとの関係
全部見直しせざるおえない状況になった

お店を縮小するのか、それとも逆に振り切るのか
そして後者を選んだ結果、
状況が一変して、想定外の展開でカナリアップが誕生した

当たり前のことは当たり前ではなく
見方や捉え方自体を変えて行かないとならないけど

それは私にとっては苦しいことっていうより
大変だけど、やってみたい楽しいことに変貌したのは確かなのだ

昔マクロビとか、アレルギー対応のお菓子にはまったことがあったけど辞めてしまった
販促物つくりが本当に楽しくて、数え切れないくらいたくさんのものをつくった時代があった
見せ方を意識する、お店のブランドづくりを実践したこともあった
パソコンが大好きでS N Sが大好きで、継続してる

全部の歯車とタイミングが今あって
ああ、今のために過去の勉強役に立つ時が来たと思えたら
めっちゃ幸せ

 

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