私の中にある大切な日

北海道倶知安(くっちゃん)お菓子のふじい 藤井千晶

小さい頃から父方・母方両方のおじいちゃんに気に入られていた

おかしなちあき です

おじいちゃんの命日は、大切な日

7月4日はお菓子のふじいを作った私の祖父の命日

祖父は私が小学校6年生の時

自宅で畳の上でいつものようにお昼寝してて、旅だった

今でもあの日のことは鮮明に覚えている

今でこそ、定休日があるけど

私が後を継ぐまでは、年中無休だったため

日中にシャッターが下りてるのを生まれて初めて見た

祖父と多分3歳くらいの私

祖父と多分3歳くらいの私

なんかよくわからないけど、たくさんの人が家に来て

お寺にたくさんの人が集まった

祖父は戦後、ものもない時代に

近所の人を集めてご飯食べさせたり、若い人下宿させたり

なんか、新しもの好きで世話好きだったと聞いてる

とても人徳のある人だった

オセロなんかのゲームをやれば

子供だからと手加減しないで戦い

よく泣かされていたそうな(多分そのせいで負けず嫌い)

でも、おじいちゃん大好きだった

霊的なものが見える人には

必ずと言っていいほど

「おじいちゃんがそばにいて、見守ってる」っと言われる

ずっと、守ってくれている存在だ

毎年命日にはお花がたくさん上がる

まさに、ここに人がいなくても、ちゃんと想いがここにあり

故人を偲ぶ

ただ好きだった祖父は

亡くなってからも

たくさんのことを教えてくれる

たまに

「もし生きていたら、どう言うだろう?」って考えることがある

過去が繋ぐ

今のお店は過去から引き継いだもの

今のお店は過去から引き継いだもの

お店の経営計画手帳に書いた絵だけど

祖父は種を蒔き

父がそれを育て

私が身を収穫し

また新しい種をまく

でも、最初の種まきがどれだけ大変だったんだろう

そして、祖父が生きた時代は戦前戦後大混乱の中

それと比べれば、ちょっとした変化なんて

たいしたことないって

いつも言い聞かせている