「つながりをカタチにする」という意味。

7月4日はお菓子のふじいの創業者であり、私の祖父の藤井堅一さんがこの世から旅立った日。
私は小学校6年生で、修学旅行から帰ってきた翌日の振替休日の日だった。
28年前のことだけど、この日のことははっきりと覚えてる。

本当に人はこの世からいなくなるということ
朝ごはんも一緒に普通に食べて、その後お昼寝をしたまま、畳の上で大の字で息を引き取ったこと
「死」と言うのは怖いと思ったけど、お家でお昼寝と言う理想の終わり方を見せてくれたこと
お葬式にたくさんの人が来てたこと

そして、実家に帰ってきたときに亡くなって10年以上経っても、毎年命日にはたくさんのお花が送られてるのを見て、本当に人とのつながりを大切にし人徳のあった人だったんだと、感動を覚えたこと

つながりは時間を越える

以前、作った会社の存在意義の文章「つながりをカタチに」

詳しい句はこのブログから

「つながり」というものは時空を超えてくるということを、自身の年齢が上がれば上がるほど強く感じる。

目の前で困ってる人を助けた、たまたま同席になった人と仲良くるとか、ごくごく当たり前に起きることが、数年後に思わぬことになることがある。つながりというのは目に見えない、今なんの意味を持たないことだってあるし、それが何かしらの評価につながったり、見返りをがあったり、求めたりすることではいけれど、運命が動くことだってたくさんある。

会社の方向性自体も左右するミッションは「つながりをカタチに」
人それぞれ、何かしらのカタチでつながりに感謝したり、アクションするときのツールとして、お菓子のふじいの「お菓子」がお手伝いすることができたらいいなと思う。

スタッフに対して思うこと

私は雇用する側となり、スタッフを雇い入れているけど、何かのタイミングがあれば言う事がある
「一生お菓子のふじいで働くことはない、もちろん長くいてくれたら嬉しいけれども、やめる日がきた時、他で働いた時、時間が経ったときに、ここで働いてよかったなと思ってくれたら嬉しい」
なぜ、そう思うかというと、それは祖父の影響があるんだと気がついた。
時間が経ってもたくさんの人から慕われたり、また、相手の事を大切におもったりできた方が幸せだなって。

理想と現実を受け入れてすすむ

先日会社の方針をスタッフに伝えたけど、お店の財務状況はいい状態とは言えない現実がある、カナリアップも停止するにあたり、これから1年間は化学物質過敏症関連の問い合わせを一切受けないと決めた。やることを決めて、チームで集中するとき。

世の中はコロナで大変だけど、お菓子のふじいの創業は1950年、終戦後でまだまだバタバタしてた頃だと思うし、時代の変革期だったと思う。祖父は今の時代を見たらどう思うのだろうと考えた。

お墓の前で聞いてみたけど、多分「好きなようにやったらいい」と言ってると思った。何をやってもいつだっておじいちゃんはニコニコと私を見てると思えるから、あの世でいろんな人とお菓子のふじいを見ながら「またなんか、ちあきやってはー」と楽しんでもらえたらいいなと思うわけです。

大丈夫なんとかなるし、なんとでもなる。

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